大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(ツ)39号 判決

上告人(原審控訴人・第一審参加人) 岩下芳彦 外三名

被上告人(原審控訴人・第一審被告) 名取芳雄

(原審被控訴人・第一審原告) 向山幸雄

主文

本件上告はいずれもこれを棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

本件上告理由は別紙上告理由書記載のとおりである。

第一点について。

被上告人(第一審原告、原審被控訴人)向山幸雄は被上告人(第一審被告、原審控訴人)名取芳雄に対し、本件建物の所有権に基く明渡しと右建物の不法占有による損害賠償とを請求する訴訟を提起していたが、上告人(第一審参加人、原審控訴人)は右両名を相手取りいわゆる当事者参加をして(一)第一審原告に対しては本件建物が上告人等の所有に属することの確認を、また(二)、第一審被告に対しては本件建物の賃料金四千八百円の支払を求めたところ、第一審甲府簡易裁判所は第一審原告の第一審被告に対する右明渡しおよび損害賠償の各請求と、上告人の第一審被告に対する右賃料の請求を認容し、上告人等の第一審原告に対する確認の請求を排斥したので、第一審被告は「第一審原告の請求を認容した部分を取消して、第一審原告の請求を棄却すべき旨」上告人等は「上告人等敗訴の部分を取消し、本件建物は上告人等の所有に属することを確認する旨」の各判決を求めてそれぞれ控訴の申立をしたが、第一審被告はもとより、その余のいずれの当事者からも、第一審被告が上告人等に対し賃料金四千八百円の支払を命ぜられた部分に対して控訴申立をしなかつた。控訴審は右控訴申立のあつた部分に対してはそれぞれの判決をしたが、右控訴申立のなかつた部分については控訴判決中に何も言及しなかつた。本訴の経過が以上のとおりであることは本件記録に徴して明白である。

ところでかような当事者参加の訴訟を講学上三面訴訟と称せられることは論旨に云うとおりであり、これに民事訴法第六十二条、第六十五条の規定の準用されることは同法第七十一条に明らかである。もちろん、この場合に三当事者に対し、各請求について論理上矛盾のない一個の全部判決がなさるべきであり、請求の一部について裁判を脱漏した場合も追加判決を求めないでその判決全部を違法として上訴によりその取消を求め得ることとなるであろう。しかしながら右はあくまでも三当事者間における共通の訴訟資料に基き論理的に矛盾のない判決をする点に主眼があるのであり、いわゆる権利の相対的帰属関係の故に、本訴の請求と参加人の請求と両立することがあつたとしてもこれを論理的矛盾とすることはできないのであり、前記第七十一条もこの両立する請求をいずれかの一に帰せしめるまでに徹底した趣旨ではない。

今本件についてこれを云えば、本件建物の所有権が上告人に属し且つ同時に第一審原告に属することは論理的矛盾であるのでこの訴訟を通じて常に合一に確定するように配慮せられなければならぬ。しかしながら上告人の第一審被告に対する賃料請求と、第一審原告の第一審被告に対する不法占有による損害賠償の請求とは債権関係として併立することがあつても権利の相対的帰属関係より生ずる結果と看る外はないのである。従つて論理的矛盾を生ずることを許さない部分については常に同時に一に帰せしめる判決がなさるべきで一部当事者が争う場合も全員に対して争ある点の判断がなされるのであるが、右請求の両立を許す部分については控訴審は当事者が不服を申立てた限度において審理判決するをもつて足るのであり、かくすることによつて前記第七十一条の原則を破るものと云うことはできないのである。ところで第一審は上告人等の第一審被告に対する賃料請求を認容し且つ同時に第一審原告の第一審被告に対する不法占有による損害賠償の請求を認容したのであり、前者については、勝訴の当事者たる上告人等はもちろん、これに敗訴した第一審被告、更には上告人と第一審被告との間の賃貸借の存否について関心を示さぬ第一審原告からも何等不服の申立がなく、後者については敗訴した第一審被告から控訴の申立があつたものであることは前説示のとおりである。前者について何等不服の申立がないのに後者について不服申立があつたからといつて前者についてまで審理判断を要するであろうか。権利の相対的帰属関係の見地よりすれば前示第七十一条はこの両者を合一に確定させるべきことを要求し、両者を合わせて控訴審の審理判断を求めるものではないと解するのが相当である。

論旨は右と異る見解に立ち、当事者が何等不服申立をしていない賃料請求についてまで控訴審において審理すべきことを前提とするものであつて採用しがたい。

第二点について。

原判決挙示の証拠によれば原判決の示すような認定ができないわけではなく、論旨は原審の自由な心証にもとずく証拠の取捨判断を非難するものであつて採用することができない。

よつて民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条の各規定に則り主文のように判決をした。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)

上告理由書

第一点原判決には次のような違法がある。

本件は被上告人(第一審原告、原審被控訴人)向山幸雄と被上告人(第一審被告、原審控訴人)名取芳雄間の本件建物明渡請求と損害金請求訴訟に対して上告人(第一審参加人、原審控訴人)岩下芳彦外三名が当事者独立参加をなし参加人等より第一審原告に対して本件建物が参加人等の所有に属することの確認と第一審被告に対して昭和三十一年七月一日より昭和三十二年六月末日まで一月金四百円の割合による建物賃料の支払請求訴訟を提起した事件である。本件について昭和三十二年九月二十六日言渡された甲府簡易裁判所の判決は次のとおりであつた。

被告は原告に対し、韮崎市韮崎町第二千百四十四番家屋番号第六十六番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十三坪五合外二階六坪を明渡し、且つ昭和三十年二月一日以降右家屋明渡済に至るまで一ケ月金四百円の割合による金員を支払え。

被告は参加人等に対し、金四千八百円を支払え。

参加人等の原告に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原被告間に生じた分は被告の、参加により生じた分はこれを三分しその二を参加人等の、その余を被告の各負担とする。

右の第一審判決に対して第一審被告名取芳雄及び参加人等が夫々控訴を提起した。

右控訴の提起によつて第一審判決はその全部につき確定が遮断され、上級審たる甲府地方裁判所に移審したわけである。

然るに原審は参加人等(本件上告人等)の第一審被告(本件被上告人)に対する請求について何等判断を加えていない。参加人等の第一審被告に対する請求が取下げられたことは本件記録上何等認められない以上、右請求について判断を遺脱した原判決は違法である。尤も参加人等の第一審被告に対する控訴が昭和三十三年十一月十八日の第六回口頭弁論期日において取下げられているが、独立当事者参加の三面訴訟においては一人が上訴すれば判決全部の確定が遮断され、原告の被告に対する請求は勿論参加人等の原、被告双方に対する請求も当然控訴審の審理の対象となるものであり、原判決が参加人等の第一審被告に対する請求について一片の顧慮も払つていないのは釈明確の不行使乃至審理不尽の違法があるものである。

或は、参加人等のなした控訴は第一審原告に対するものであり、第一審被告の控訴は第一審原告に対するもので参加人等の被告に対する請求は被告の控訴期間の満了により確定して居り、移審していないとの論があるかも知れないが一人から一人に対する上訴があれば全判決の確定が阻止されすべての請求が移審されると解しなくてはならない。しかも独立当事者参加による三面訴訟においては三者間の紛争を一個の全部判決で矛盾なく統一的に解決するという第一次の要請があるのであり、原告の被告に対する請求、並びに、参加人等の原告及び被告に対する各請求について相互に矛盾牴触することなき判決がなされなければならないのである。民事訴訟法第七十一条の参加に同法第六十二条が準用されるわけである。第一審判決にては参加人等の被告に対する請求と原告の被告に対する請求がともに認容されているが、この判決によれば、被告は本件建物の占有使用に関し、原告及び参加人に対し二重の同種類の給付を命ぜられて居り(尤も原告は使用損害金の請求、参加人は賃料の請求をしているもので形式的には異なる請求と云い得るが)、かかる判決は実質的論理的に矛盾牴触するものと解せられ、かかる矛盾牴触は第一審の審理不尽に基くものといわなければならない。

しかるに原判決は全訴訟が移審され、すべての請求がその審判の対象となつているにも拘らず、当事者参加訴訟の要請を忘れ、当事者に対する釈明を怠り、第一審判決の前記矛盾、牴触を是正することを看過しているのであり、(原判決は第一審で容認された参加人等の被告に対する請求を全く度外視し何等の顧慮も払つていない)、原判決は審理不尽、理由不備の違法が存するものというべきである。もし原審認定の如く参加人等が被告に賃貸した本件建物の所有権が原告に移転し賃貸借が原告に承継されたものであるならば、参加人等の被告に対する賃料の請求も排斥されなければならず、参加人等の原告に対する請求の排斥と被告に対する請求の認容は矛盾撞着するものであり、かゝる矛盾撞着を残した原判決は誤りであり、破棄されなければならない。

第二点原判決は経験則に反して事実を確定したか審理不尽、理由不備の違法がある。

原判決はその挙示の証拠により「被控訴人先代向山てるゑは、……訴外向山松吉が仲へ入り、同七年五月十二日恭平より本件土地建物を代金千円で、但し恭平及び向山松吉において向う二年以内に右不動産に代るべき土地建物を提供するときは、恭平においてこれを買戻すことができる旨の特約を以て買受けることとし、その頃同人に内金五百円を支払い、残金について同日これを準消費貸借に改め、その債務は、本件建物の賃料を恭平において取立て順次充当して弁済する約であつたこと。そこで本件土地につきてるゑのため所有権移転登記をなすとともに、恭平のため買戻権につき所有権移転請求権保全の仮登記を了えたが本件建物は未登記のため、昭和十三年八月十八日に至り、てるゑにおいて所有権保存登記をしたこと……」が認められると判示し、なお控訴人(参加人)等の右売買が通謀虚偽表示で無効なりとの主張に対して、「前示丙第四号証並に原審における鑑定の結果により真正に成立したものと認められる丙第一号証には、前記売買が虚偽の契約である旨の記載があるが、右は向山松吉が自己の名義で契約後である昭和七年五月十六日恭平に宛て差入れたものにして直ちにもつて右主張事実の認定資料とはなし難く、また原審証人鮫田五作、同岩下千代、当審証人望月孝晴の各証言並びに原審及び当審における控訴人本人名取芳雄、岩下芳彦、当審における岩下千代各尋問の結果中、右主張に副う如き供述部分は前顕各証拠並びに成立に争のない甲第三号証に比照してにわかに措信し難く、……その他右主張事実を肯認するに足りる証拠は存しない」と判示している。

しかしながら当時この契約の当事者であつた向山てるゑ、岩下恭平、立会人向山松吉は既に死亡し、原審が最も措信すべきものとしてその証言を採用している向山留作も直接契約に立会つたわけでもなく、その供述も(第一審二回、第二審で一回)所々齟齬してその信憑力は稀薄である。

而して原告の主張を認識し得る唯一の書証は甲第四号証(岩下恭平作成向山てるゑ宛の土地売渡証書)であるが、これは所有権移転登記手続をなすについて作成されたものでこれに代金五百円受領の記載があるが、かゝる登記に使用される売渡証なるものの代金額の表示、代金受領文言は慣例例文的記載が多く、必ずしも真実の契約内容を表示するものではない。

ところで甲第四号証と同じ日時に作成された丙第四号証(契約証書)は、向山てるゑと向山松吉が岩下恭平(参加人等先代)宛に作成して岩下に交付した返り書であり、甲第四号証の如き売買契約そのものを表示したものでなく、却つて岩下恭平より、向山てるゑに所有権移転登記のなされた本件土地について買戻し形式で再び岩下恭平名義に所有権を戻す旨の約定書であると認められる。而して甲第四号証も丙第四号証もともに桑島なる代書人が代書したもので、関係人から本件土地の所有名義を一旦岩下恭平より向山てるゑ名義に移転するが将来再び岩下恭平に再移転することを約する文書の作成を依頼されて、右代書人の半可通の法律知識で作成したものであることが窺われる。

而して原判決に於てその成立を認めている丙第一号証(契約書)は、前記甲第四号証の土地売渡証、丙第四号証の契約証書(いずれも前記桑島代書人に依頼して作成させたもの)の作成された昭和七年五月十二日に接着した五月十六日に丙第四号証の作成名義人の一人たる向山松吉自身により作成されたものであり、右五月十六日は前記甲第四号証の土地売渡証書により本件土地について所有権移転登記手続が履践された日である。而して右丙第一号証には、本件土地の所有名義を向山てるゑに移転したが、それは仮装のもので、実質的には依然岩下恭平の所有であること、又本件建物も向山照枝が小林芳造に賃貸した形式をとるがこれも仮装で真実の所有者及び賃貸人は岩下恭平である旨が記載されているのである。なお前記原判決の認定によれば、向山てるゑは金千円で本件土地建物を買受けたといい、五〇〇円を支払い、残金は本件建物の賃料で順次充当弁済する約であつたというが、本件土地建物の代金が千円であるという資料は単に向山留吉の措信し難い証言だけであり、又五〇〇円を支払つたという資料も前記所有権移転登記用に作成された土地売渡証の代金金五百円の例文的記載だけで、代金の受取証という如きものも存在しない。

又残金の支払は本件建物の家賃で充当弁済する約であつたという資料も前記向山留作の証言のみである。

而して本件土地(これは訴訟物ではない)については所有権移転登記のための売買契約の形式を借りた書類として甲第四号証が存在するが、本件係争建物については直接売買契約に類する書面は何等存在しない。代金を幾何に定めたかを窺知させる資料も恭平が代金を受領したことを証ずる書面さえない。却つて丙第一号証によれば本件建物の賃貸人名義を向山てるゑに仮装してやつたものに過ぎず、所有権移転のための売買形式さえとつていないことが認められる。だからこそ成立に争のない丙第二号証のハガキにて向山てるゑが恭平の温情を感謝する旨を書き送つているのであり通常の売買であるならばかゝる感謝のハガキが恭平に出される筈はない。

却つて成立に争のない丙第十号証(債務者向山てるゑ、連帯保証人向山松吉作成の岩下恭平宛連帯借用金証書)は前記甲第四号証(土地売渡証書)、丙第四号証(契約証書)の作成日附と同一日時たる昭和七年五月十二日に作成されて居り、これは甲第四号証の土地売渡証に代金五百円受領の例文的記載があり、右土地売渡による所有権移転が仮装のもので真実でない故に差入れさせたものと解するのが相当であり、(借用証の金額が四〇〇円となつているが、利息月一割として弁済期昭和七年十二月二十五日として利息の加算により土地代金との調整を図つたことが窺知される)土地代金が現実に授受されていないことの証憑となるものである。甲第四号証の本件土地所有権移転は向山てるゑの依頼による仮装のものであり、丙第四号証の本件土地建物に替るべき土地建物を物色してやるというのもすべて向山てるゑの依頼により恩恵的とりきめに過ぎず、丙第一、第二号証、丙第四号証、丙第十号証により甲第一号証が仮装のものたることは十分認定され得るのである。しかも係争の本件建物について積極的にこれが売買がなされたことを認定する資料は存在しないのである。もしも原告主張の如く本件土地建物の代金千円の内六〇〇円を支払い、残金四〇〇円は準消費貸借に改め、本件建物の家賃一月八円五十銭で充当弁済する約であつたとすれば、右四〇〇円の貸金は利息が月一割(高利の当否は暫く措き)であるから、到底家賃の充当により決済され得ないものであり、原審が原告の右主張認定の資料とした向山留作の証言が如何に間に合わせの虚言であるか明瞭であり、前記丙号証の存在を無視してなした原判決の認定は経験則に反し又は採証の法則に反した違法のものである。

以上説示の如く、丙第一、第二号証、同第四号証、同第十号証の書証は上告人(参加人)の援用する証人ないし参加人本人の尋問の結果と相俟つて、参加人の本件売買が仮装のもので効力のないとの主張を裏付けるに十分である。加之原審認定の如く岩下恭平において昭和七年五月十二日本件土地の所有権移転登記後も本件土地建物の公租公課を支払つて来た事実、又岩下恭平において本件建物の賃借人より引続き家賃を取立てて来たこと、昭和七年頃から恭平が本件土地上に二階建建物を建築所有して今日に至り、てるゑから何等異議がなかつた事実等も充分に参加人等の主張を証拠立てるものである。

しかるに原審は前記説示のとおり採証の原則を誤り、又は経験則に反し安易に信用すべからざる向山留作の証言を採用して前記認定をなし、前記丙第一号証、同第四号証、同第十号証及びその他参加人等の提出援用する証拠についてこれを排斥するに足る特段の理由も示さずこれを排斥しているのであり、審理不尽、理由不備の違法があるというべきである。

原判決は判決の体裁こそ整えているが、前記のとおり採証の法則ないし経験則に反する判断をなしたか、又は審理不尽理由不備の違法を有するもので、破棄されなければならない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例